やること/やりたいことリスト

やりたいことリスト

 ・カフェに行く

 ・ワード、エクセルの勉強をする

 ・手作りパン2種類作りたい

 ・お弁当を作る

 ・月最低2冊は本を読む

 ・岩盤浴に行く

 ・服を買いに行く

 

やることリスト

 ・トイレ掃除(やりたくなくて後回しにするから定期的にやる癖をつけたい)

 ・やりたい仕事、取りたい資格を調べる

 ・ダイエット本を読む

 ・ジムに通う(週1からでOK)

 ・税金の支払いや共通貯金の管理

 

 

  もっといろいろあるんだろうけど全然頭タラかなくて浮かばない…

ここ最近の過ごし方

ここ最近は、情緒が不安定で泣く日が増えた。

薬をちゃんと摂取できないのも大きく影響していると思うけど、

今後についての不安や、身内との関係性、交友関係等の小さな悩みが解決せずにもやもやとしこりのように残り引っかかっている。

「私、何してるんだろう…」無駄な時間を過ごしているのではないかという気持ちが消えない。

 

今の時間、大したことできなくてもせめて自分の為になる、自分の気持ちが楽になるような過ごし方を選択すればいいのにいつまでダラダラと時間を使うんだろう。

そのダラダラと使う時間で無駄に傷つき、涙することもある。何してるんだろうなぁ

 

病気の有無は関係なく、休職中の方々はどのように日々過ごしているんだろう

マイナスな思考が止まない。

 

今週の金曜日は3週間ぶりの定期受診、「何を言われるんだろう」とか「結局他人事だから何も言ってくれないかも」とか不安に駆られてる。

大丈夫、私は傷病手当をもらいに行くために受診するだけ。お薬をもらうため。何を言われても気にするな。

 

何かモチベーションを上げる方法ないかな

朝起きて、夜寝る…そんな当たり前のことをできるようになりたい。ここ数日は基本深夜は起きているし、寝る時間も不定期だから。

 

とりあえず、やりたい事/やる事リストを上げてみよう

期間は決めなくていいから無理せず達成していこう。

 

このブログに何を書けばいいのかわからなくて、更新が低頻度になっているけど愚痴や不安の吐き場所だと思って気にせず書いていこう。

ここだけは私だけの空間であり、私の自己満、私だけのせかいなんだから。

退職した

令和3年9月30日付で退職した。最後に職場の総務に手続きをしに行くと丁寧に対応してくれて本当に心が温かくなった。「身体が良くなったらまた戻ってきてねー」と手を振ってくれてまた涙が出そうになった。

 

ここ最近の生活

昼頃に起きてご飯を食べてごろごろして、夜が更ける頃に寝る...病気のことも、今後のことも何にも考えずただただ今を生きてる。「今はまだ何も考えなくていいか」、「このまま何も考えなくていいのかな」っていうもやもやした気持ちは抱えながらも見ないふりをしている。とりあえず退職したから、月一くらいで受診するっていう予定はあるもののそれ以外は特に予定ない。

 

 先週の金曜日定期受診した際、「看護師の資格を手放して他の仕事するのはもったいないよ」とか「看護師はいろんな働き方があるから他の分野を経験してみてもいいんじゃない?でも結局看護師も医者も臨床がしたいから戻ってくると思うよ」等のアドバイスをしてもらった。でも正直、そのアドバイスが余計今の私の心情を苦しめている。「この先生は私の気持ちを汲み取ってくれていないのではないか。精神科医としての言葉ではなく一個人の意見を言っているだけなのではないか。」と感じた。

 今の私は、看護師としてまた働くことに前向きではなく、恐怖心をもっている。もう失敗をしたくない、せっかく完治してもまた再発してしまうのではないかという気持ちが強い。丁度一度きりの人生なら、今お休みしているという状況をプラスにとらえて他の資格を取ってみたり、違う職種を経験してみてもいいのではないかと考えていた時だったから先生の言葉が胸に突き刺さった。「私だってできるならそうしたいよ!!」そう思った。無職になったという事実が私を焦らせている。今焦って先走ることはないように冷静に判断するべきだなとは思っている。資格を取るにもお金がかかるし。

 

 ちょっと落ち着こう…。無事円満に退職できたという事実をプラスにとらえて家の事でもいいし、外出でもいいしやりたい事をするっていうリフレッシュを楽しもうかな。とりあえず、やりたいことリストを作成してみようと思う。

 

今日は上手く文章が書けない(*_*)切り上げて、また書きたい、上手く書けそうって思ったら書こう。

今日気づいたこと

私は、仕事をしている時も休日はずっと動いていた。

午前中に起きて、掃除機・洗濯・コンロやシンクの掃除・お風呂掃除・トイレ掃除...。午後は買い出しに行って帰宅後野菜の下処理とお弁当の作り置き、平日の夜ごはんのおかずの作り置き...そんなこんなでもう夜になり、ご飯を食べてお風呂に入って少し休んでから寝るというルーティーン。

休日は「休息の日」とは別だった。

その感覚が根強いから今でもうまく家でゆっくりするという選択ができない。

休職をして徐々に何もせず家の中で過ごすことへの抵抗感は無くなってきた。なんなら最近はほとんど外に出ず、ベッドとソファーの上だけで生活するという新たな境地に達した。(笑)

でも、家で勉強する、読書する、好きな紅茶を飲みながら洋菓子を食べてゆっくりするなどのやりたい趣味や行動は全くもってできていないのだ。

 

その謎がやっと今日わかった。また例のごとく彼のおかげで(笑)

定期受診の帰り道1時間というドライブのなか「やっぱりドライブが一番大好きだな私」とつぶやいた。続けて「車に揺られながら、場所や景色が変わっていく中で歌を歌うことに幸せを感じる」と伝えた。すると彼が「それだけじゃないと思うよ」と一言...。「家にいるときに読書をしたりとかゆっくりする事が自分の中でいけないことっていう意識が残ってしまっているからだと思う。だからドライブという名目で外に出ている、カフェで勉強することでオシャレできてる、休日を充実させている...とか免罪符っていう言い方で正しいのかはわからないけど、何かと並行して行動することで許された気分になるんじゃない?」と言われた。前回のブログのごとく、また私はその通りだ!!と納得した。家でソファーで横になって本を読んでいる時間やゆっくりしている時間を無駄なのでは?といつも感じてしまっていた。掃除をして目に見えて部屋がきれいになったり料理をしておかずが増えていくと達成感と満足感を味わえていた。目で見る変化がないことをすることに抵抗感や罪悪感があったから外出時にしかできてなかったんだなと改めて気づかされた。 ただ好きな事をすればいい。 それすら自分は簡単にできないくらいひねくれてしまっているんだと思った。

この気付きを忘れたくないからとりあえずブログに書き残している。明日からこの気づきを意識して生活してみて、たまにここに戻って振り返りをしていこうと思う。

好きなことを好きなだけやっていいんだよ。今はだれよりも時間があるんだから。自分を許す習慣を付けていこう。

 

あともう一つ。最近退職日が近くなり、何か別の資格を取るべきなのでは?車の免許?看護の勉強を突き詰める?読書しなきゃ?など時間の使い方に焦りを感じだしている。

彼に「今は病気だから休職している。医者が認めたから傷病手当を頂きながら生活している。そんな状況の人はゆっくり過ごすことが何より1番大切で、時間があるから有効活用しなきゃ!!と焦って満期が過ぎたときに病気治りませんでしたってなったら本末転倒だよ」と言われた。私は本当焦っていることや悩みが先走りすぎていて現状の自分を把握できていない。

落ち着こう。ちゃんと自分のこと、今後のこと整理しよう。大丈夫、時間は全然あるよ。焦る必要なんてないんだから冷静に見つめよう。わからなくなったら相談してまた考えよう。

 

思考を変えるためには生活スタイルを変えつつ、本を読むのがいいのかな?

とりあえず、最近夜更かし気味だから早寝早起きできるようにしたいな~

もうすぐ2時になるけど...

 

    おやすみなさい!

大切な人、友人とは

私は、いつも優柔不断で外面だけ良くて偽善者で…そんな自分が大嫌いと思っていた。でも、そう思いながら相手をその気にさせるスキルは日々向上していくからそんな自分を心の底では大好きだったのかもしれない。猫をかぶっている自分、相手を振り回している状況、「本当優しいね」「素敵な人だね」と言われる優越感に浸ってその場面を心底楽しんでいたんだと思う。

 

今日、そんな自分が嫌だと感じる機会が2つもあった。私と全然違う価値観を持っている彼がかけてくれた言葉によってとてもはっとさせられた。1つ目は本当に大切だ思っている友人に対して。

 毎日仕事漬けで、お酒に逃げて、人が良いから自分を犠牲にしてまで相手のいう通りにして…そんな友人に私は毎日「ちゃんと休みなよ?今日こそは会社に泊まらず自宅に帰って寝なよ?」とか「がんばってね、でも無理をする必要は本当にないからね。」とかそんな言葉を繰り返し伝えながら交流を深めていた。それでも友人の生活が変わることはほとんどなかったし、私の心からの心配は届いていないんだなと寂しくなる時もあった。この状況を彼に伝えたところ、「あっそ。じゃあ身体壊すまで好きにさせたらいいんじゃない?」と冷たく突き放す言葉をくれた。それはあまりにもひどすぎないか、と感じたが「本当の友人なら、助けたいならその場から離したほうがいいんじゃない?なんで麻痺している認識を改めさせようとしないの?結局その日々の励ましは、身体を壊すのを先延ばしにしているだけでしかなくない?」と言われた。その通りだと思った。 この言葉をふまえて改めて友人と電話してみると、すごく冷静に友人を見ることが出来た。そして自分の思いも素直に伝えることが出来た。「私は本当にあなたを大切だと思ってるよ。だからこそ、私の心配する気持ちが伝わっていないのがとても悲しい。あなたは、日々の私の言葉に救われているというけど、結局行動の変わらないあなたをみて私は傷ついている。結局相手を変えるなんてことは出来なくて自分を変えるしかないのなら、今後も付き合っていく上で心から応援はするけどあまり心配するのはやめようと思う。いつか身体が壊れる時、あなたを取り巻く人々やあなた自身がやっと気づくはずだからそれを待つことにするね。」  初めて大切な人に冷たい言葉を浴びせた。苦しくて電話を切った後涙が止まらなかった。 こうやって真剣に伝えることはとても勇気がいることで、でもそれだけ大切なんだって改めて感じる事の出来る時間でもあった。 明日から友人との関係がどう変わったとしても勇気を出して伝えたこの行動は絶対後悔しない、そう思った。

 

 二つ目のエピソードは一つ目と真逆で自分にとっては負担だなと感じる人との関わりについて。

 最初に記載したように私は誰にでもいい顔をしてきた。特に異性に対して。でも正直そのいい顔につられる人は自分の理想の人なんかじゃなくて本気になられると面倒だなーって感じてしまう事が多かった。本当に最低だと自覚してる。今回もそう。交際している彼がいる事も、連絡を取っている大切な友人が何人かいることも全て伝えていたはずなのに、「僕を優先して」「もっと仲のいい友人関係を築いていきたいから連絡頻度を増やそう」何度もそう連絡をくれるその人に心底うんざりしていた。面倒くさくて仕方がなくて、連絡を無視することもあった。たまに返信するときもはっきりと拒否することもできず、中途半端なニュアンスでしか線を引けなかったから相手に通じずまた催促される…そんな日々が続いていた。

 でもそれについても相談した時、彼は「無視はだめだと思う。自分が愛想振りまいたことによって相手は良い友好関係を築ける相手を見つけたと希望を持ったのに、無視をするのは相手を長い時間傷つけて自分はその事実から逃げているだけだよ。自分で蒔いた種なんだからちゃんと自分の言葉で今の思いを伝えて終わらせたほうがいいと思う」そう言ってくれた。そう言われて、私は人の気持ちを踏みにじって転がすだけ転がして弄んでいるだけの最低な人間だと感じた。自分の行動が幼稚すぎて、恥ずかしくてたまらなくなった。だからはっきり「私にとっては大切な友人というよりも知り合いに近いという解釈です。あなたの想いは私にとっては正直重くて、その温度差がお互いのためにならない気がします。私たちの中を深めるのではなく、私には私に合う友人、あなたにはあなたに合う友人を探したほうがいいと沢山悩んだ末結論付きました。本当にごめんなさい」と素直に伝えた。 すっきりした。大人になって社会に出たら、色々な人と関わらなきゃいけなくなるけれど、私生活でもそうする必要はないんだなと思った。自分が気楽にいられる人と楽しい時間を過ごせればそれでよくて、みんなと仲良くする必要も、全員に平等に接する必要も、嫌な思いをしながら相手に合わせて関係を深める必要もないと感じた。でもそうなるためには自分の軸をしっかりもっていることが大切だと感じた経験だった。

 

この2つのエピソードをふまえて自己肯定感がめちゃくちゃ低い私は今日、もっと自分のことが嫌いになった。大嫌いになった。なんで彼のような思考を持てる脳みそで生まれなかったんだろう、なんて最低な人間なんだろう…そう思った。そして彼を改めて尊敬した。うらやましいと思った。

 

 でも一つプラスにとらえるとしたら、彼のいってくれた言葉を理解して納得できる自分の感性があってよかったと思った。そしてそういった私を「そうだね」と肯定して微笑んでくれた彼が隣にいることが幸せだなと、いい人に出会えたなと再確認できた。

私は他の誰にもなれないし、これから先新しい感性や考え方を得ることは難しいけれど「そのままでいいんだよ。そうやって他の視点に気づくためにいろんな人と関わって生きていくんだよ」と言ってくれた彼の言葉を大切に、私は私らしく、他者に支えてもらいながら明日も生きていこうと思う。今日は人として大きな学びを得られた一日だった。

休息とは

前回のブログの最後に記した症状、やっと再発したと自分でも自覚した。

病院に行くべきだ、そして少し休息が必要だと思った。主任にも相談し1~2週間程度病欠をいただければよくなると信じて再度精神科に行ってみた。

 

すると以前私を担当してくれていた先生はもういなくなっており、新しい先生が担当することとなった。適当そうな口調に白衣の中のアロハシャツ…この人を信用していいのか心配になった。自分は軽症だと思って疑わなかったため「早くて1か月、普通なら2,3か月は余裕でかかるよ」と言われたときインチキ先生だと思ってしまった。

 

とりあえず1か月の診断書を持ち職場へ提出&相談すると、心優しく承諾してくれた。心配してくれた。人でも少なく大変なのは見てわかるのに他のスタッフも「こっちは大丈夫だから」と言ってくれた。

 

いざ休職してみると、今まで無理をしていたのか突然ベッドから起き上がれなくなった。食事も会話も面倒になり、数日間排泄と睡眠、you-tube鑑賞の3つしかできなくなっていた。そんな私を心配して、彼はベッドのそばにウィダーを設置してくれた。眠剤を飲んでフラフラな私をトイレまで誘導してくれた。

 

毎日毎日、申し訳なくて仕方がなかった。休職が決まった当初「せっかくのお休みなんだから、自分磨きもして、部屋もきれいにしてとことんいい生活をしなければ」と思っていた私。まるで真逆の生活を送っていた。それに耐えられず、罪悪感と劣等感に押しつぶされそうな日々だった。

それでも毎日「明日は絶対洗濯物をやらなければ」「掃除機は掛けなければ」「散歩に行かなければ」沢山やらなきゃいけないことにとらわれており、心は休まっていなかった。

 

私は、「休息」の意味を理解していなかったのである。

                   次回に続く

やっぱり口だけな私。まさかの再発

開設初日で投稿が終了し、早2年が経っていた

 

無事OP室看護師として新人時代を過ごし終え、後輩もでき責任のある手術も任されるようになって・・・

 

2021.04.05

また休職した。

うつ病が再発するなんて思ってもみなかった。

再就職した当初は、毎日定時で帰れる嬉しさ、職場のスタッフが優しいという安心感、帰宅後に夕日を見つめながら飲むビールのおいしさに感動し、学習の日々で大変ではあったけれど充実していた。大好きな先輩が次々とやめていき、寂しさとともに責任の大きい手術を担当することも多くなり、少しずつ負担を感じている事には気づいていたがまさかうつ病を再発するなんて1mmも予想していなかった。

完治したんだと思っていた。

 

2020. 02.22から彼と念願の同棲生活も始まり、大きな問題もなく1年以上が経過し、貯金もたまり始め・・・このまま結婚や出産、車の免許を取ることなどの幸せな悩みを抱えながら生活していくんだろうな思って疑わなかった。

 

気づいたら病院で私は号泣していた。毎日眠れなくなっていた。手術が怖いと感じていた。楽しいという感情が消えていた。お弁当作りも掃除も家事も何もできなくなっていた。ただただ、泣くことしかできなくなっていた。