成長と無関心(1月下旬の下書き)

「働けよお前」「くず」「ザコ」「気持ち悪い」

私だけに向けられた傷つけるためだけの言葉。

 

どういう気持ちでそんな悲しい言葉を他人に言えるのだろう。

働いていないことはくずなの?

働いていることが正義で、働けていない今の私は人権もないの?

堂々と生きてる、幸せって思っちゃいけない立場なの?

 

…とかいつもなら悩んでいたんだろうな。

今回はそんな言葉を浴びせられても全く悲しくなかった。

苛立ちも落ち込みもなく「へーー」って文章読んでその文面をスクショし、トーク履歴を非表示にした。

 

人の為(1月28日の下書き)

もし死ぬのなら

高い生命保険に入って、彼や家族のためにせめてお金を残してあげたい。

お母さんは、元旦那さんの生命保険のお陰で今があるって言ってた。

あの人は、闘病の末亡くなったしだれも死んでほしくない存在だっただろうけど

 

臓器提供で人の役に立ちたい

精一杯生きている人の支えになりたい

闘病で辛い人の助けになりたい

ここ2か月の出来事

13年交際していた彼氏と別れた。原因は私。

チャットアプリで知り合った男性と関わるうちに今まで当たり前だと思っていた生活に疑問を抱えるようになったいった。

 

何もかもが嫌になってOD(オーバードーズ)した日に気づいたら飛行機の予約をしていた。修学旅行以来飛行機いなんて乗ったことないし、一人でなんてもちろん初めてだし、乗り方なんて何にも分からない。

でも、意識がクリアになったとき、目の前に開かれたノートに電車の時間や金額、空港までの行き方などがきっちり書かれていた。

もうクレジットで精算もしていたし行くしかなかった。意識のない時の私が自分に行動力を与えてくれていた。

 

実際に本州に行ってみると初めて見る満開の桜、温かい空気と北海道とは違う匂い…

刺激になるものがたくさんあった。

 

今まではずっと家に引きこもって「私はみんなが頑張って働いた血税でだらけて過ごして最低だ」、「これからどうなってしまうんだろう」、「彼はそのままの君でいいんだよ、ゆっくり休んでって言ってくれてるけれど本当にそれでいいのだろうか」とマイナスな事ばかり考えていた。

 

今回の弾丸本州旅行(チャットアプリの方にお会いしてきた)によって久々に楽しいという感情やワクワクするという感情が芽生えた。この感情を大切にしなければいけないと思った。

この判断が正しいのかは分からないけれど…

 

改めて13年付き合っていた彼とお話し合いを重ねて、お互い離れて生活したほうが自分自身を成長していけるのでは以下という事になり5月16日をもってお別れした。

同棲していたこともあり、引っ越しや解約の手続きなどで6月3日まで一緒に暮らしていたけどその日々もいつもと変わらず幸せな時間だった。実感がわかないくらいいつも通りの時間だった。

 

私は実家に戻るほかないと考えていたが、アプリの男性との今後の発展も気になってしまって思い切って移住することにした。その男性は、「交際してほしい。俺に支えさせてほしい」と言ってくれた。家族は全員びっくりしていた。でも誰一人反対する人はおらずみんな応援してくれた。旅立つ日、お母さんとおばあちゃんは泣いてくれていた。お父さんはいつでも帰ってこいと言ってくれた。弟も忙しい中抱えつけてくれた。おじいちゃんはこんなことしかできないけど…とお金を寄付してくれた。親友は抗がん剤治療中で大変な中、泣きそうになりながらお別れに来てくれた。

 

私は独りじゃなかったんだなと改めて感じる事の出来る大きな決断だった。

これからの人生今まで描いていた流れとは全く違うし何度も苦しい思いするかもしれない。

でも、誰かにおんぶにだっこの生活で一生過ごすよりも自分自身で決断した道を歩いてみたいという今の気持ちを大切にしていきたい。

 

数か月後、数年後どうなっているか分からないけど笑っている私がそこにいますように…

 

  これが3月の中旬から6月頭くらいまでの大きな人生分岐点となった期間のお話。

  次回は体調のいい日に実際に移住してみての生活について記載する予定。

 

孤独と承認欲求

私は人一倍寂しがり屋で、孤独が怖い。

趣味も特にないし、得意だって言えることもない。

 

だからこうやって一人ぼっちで家の中で過ごす時間は色々考えてしまってしんどい。

それを埋めるかのようにチャットアプリやSNSを活用して孤独感を紛らわしてた。

ただ、心から話し合える相手が欲しかった。

価値観の会う人を見つけたかった。

独りじゃない、そう思いたかった。

男女とか関係ないと思ってた。だけど、やっぱり所詮ネットだから難しいのかな

男女の友情って成立しないのかな

やっぱり男女の関係の間には「性」っていうものが関わってしまうんかな

 

相手を思いやる気持ち、発言の様子や表情から何かあったのかなってくみ取って寄り添ってあげようとする気持ちって持てない人もいるんだよね。

わかってた。

わかってたけど、信頼している人たちや私が心を開きやすかった人たちはその心を持っている人たちに違いないって信じてた。

あんなに長い間関わり続けてきたのに…

 

本当は初めから引っかかってたのかもしれない。見て見ぬふりをしていたのかもしれない。

 

人は独りでは生きていけないってよく言うけど、その傍にいてくれる相手は誰?

これから先、そう思える人と出会えるのかな

私もあの人たちみたいにもっと自分の欲求をストレートに言えるようになりたい。

なんなら、相手の気持ちも考えずに言えるくらいの無頓着さも少しだけ憧れる。

 

私自身をもっと好きになりたい。自分のために時間を使いたい。

自分のためにお金を使いたい。自分を一番に愛せるようになったうえで、他者を愛したい。

欲張りなのかな

 

独りで生きるのも、誰かと生きるのも難しい。

私が依存体質で他者との関係に対して強欲だから尚更なのかもしれないなぁ

 

またいつもの如く、何を書きたいんだか分からなくなっちゃった

苦しい

自分の存在価値を認められない

今日は危ない日

もし私が死んだら

 

家族は泣いてくれる?

彼は喪失感を感じてくれる?

仲良くしてくれた友人たちは、連絡を取ってた人たちは心配してくれる?

 

何のために生きているの

 

私の存在がみんなを苦しめているのなら…

 

もしいなければもっとみんな笑顔だったのかも

悲しい顔の数が少なかったかも

 

何で生まれてきたの

 

孤独ってなんでこんなに辛いの?なぜ私は独りを楽しめない性格なの

 

消えてしまいたい。消えてしまおうか。

出来るだろうか、こんな口だけで行動力のない私に

 

永続的に私を満たしてくれるものはなに…?

最近の生活状況と心情

前回の受診日:12/18   今回の受診日:1/22

約1か月ぶりの受診&カウンセリング

 

この1か月は年越し帰省や令和2年から3年になるという節目という事もあり、情緒が不安定になりやすかった。大きな波としては前回の受診後にOD1回、1/20前後に数日間の強不安状態があり計2回だった。

 

1回目のOD時の原因は、多分御節などお正月の準備に対するストレスや帰省して実家で過ごすという不安だと思う。家族にも「元気な姿で接しなきゃ、心配かけないようにしなきゃ」と思っていたから正直自宅に籠りたくて仕方なかった。

その後ODしないようにと、彼が毎日職場に睡眠薬をもって出勤してくれたおかげでそれ以降は落ち着いた。必要量だけ手渡して目の前で飲むという習慣を作ったおかげで数時間にも及ぶ金縛り等の副作用からも抜け出せた。本当に毎度のことながら感謝でいっぱい。

2回目の原因は将来に対する漠然とした不安に襲われてたことだと思う。今までは「令和2年の間は療養に専念して将来のことは来年から考えれば大丈夫」と考えながらメンタルを保っていたから、年が変わり急に焦りが出た。毎日苦しくなりながらも求人見てた。加えて、治ったら社会復帰しなければいけないという恐怖心から「飲まなければ治らないからこのままの生活を続けられるかも」と投薬も自己中断してたから余計不安定になってた。

 

そんな日々をカウンセリングで伝えたら、もっといっぱい感情に素直になりなさいと言われた。泣きたいときは我慢せずとことん泣き続ければいいし、怒りたいときは声を荒げればいいって言ってくれて少し気が楽になった。行動も発言も感情も我慢することが多い生活をずっと続けていたから癖がついてるらしい

 

ここ最近の症状は安定している。でもいい状態とは言えないと思う。今後の事とか考えるのが怖くて…でも何もしない1日を過ごしてしまうと「無駄にした、怠けた」と自分を否定してしまうので誰かと通話しながら簡単な軽作業をするだけの日々を続けている。その日その日は楽しいな、良い一日だったなって思えるのに、1週間後1か月後に振り返ると何も変わってない自分がそこにいて「私何してるんだろう…」ってまた落ち込む。

何も生産できていない、何も進んでない、変化してない、数日前に何をしたのか覚えてないetc.   そう考えてしまう 

 

状態が良くなってきているからこそ、考えられる幅も増えてきて逆に悩んで自分を苦しめている状況なんだと思う。とりあえず、今の私ができる範囲で頑張ることは習慣づけをすること。例えば、早寝早起きとかお金の管理とか、自分を客観視するためにこうやって文章化するとか。

Twitterに書こうと思う時もあるけど、どうしても他の人の目を気にして消してしまうから知り合いが見ていないここに吐き出していこう。

 

いつか寛解した時、このブログを見返して「あの時こんなこと考えてたんだな、でも大丈夫ちゃんと着実に進んでるよ。無駄な時間なんかじゃなかったよ。」って思えるように…